人生あと何年?

今65歳です。あとどれくらい生きられるのでしょうか?
悲観的に考ないで有意義に生きるにはどうしたらいいのかと日々模索していきます。
もうひとつのブログ「年金だけで暮らしています」よろしければお立ち寄りください。

23**キッチンカウンターを下見する

ランチのあとでニトリに寄った。スタバでコーヒー・紅茶も飲んだけどスマホを忘れたので写真はないです。スマホ忘れって初めてかも・・・手持ち無沙汰だったwー。


ここのニトリでは買いません。あくまで下見です・・・伊勢からだと送料がかかるもの。別府のニトリ(家から近い)で買うことに決めています。


レンジ台とか言うらしいけど、面倒なので呼び方はカウンターで統一する。


下の写真は某システムキッチン会社からお借りしました。真ん中のこの白いカウンターなんか好みだわー。ニトリにも同じようなのがありました(15,000円くらい)。高低差があった方がおもしろいかもね。これなら自分でトンカチして出来そう。冷蔵庫の置き位置が考えものだけど。



下の写真みたいに同じ高さのカウンターと机をひっつけてもいいかも?
台所の真ん中に置くという感じに仕上がる。
ニトリで見てきたけど結構高かったよー。



考えてる今が・・・何か楽しい~。
30年前の家を建てる時にはなかったワクワク感だわ。
当時はあれよあれよという間に建ったからさ。
感激も感動もなんも無しだった。
キッチンにしても業者の言うがままの仕様になってしまったから。

22**ぎっくり腰

19日に、中程度のぎっくり腰をやっちゃいました。
40代の頃にぎっくり腰をやったのを思い出したわ。
筋肉が落ちてるから気をつけなきゃーと用心してたけど。
忘れた頃にやるんですねー。
失敗を繰り返す。忘れた頃に・・・そんなもんです。


寝る前、ファンヒーターを持ち上げた時にやらかした。
あっ!ダメだと思って(直感的に)
すぐにファンヒーターを降ろしたから中程度で済んだ。
そして、寝る時でよかったわー。ラッキーだったわねー。
湯たんぽで腰を温めながら痛みの出ないように寝ました。


朝起きようとしたら、やはり激痛です。
でもねー頑張って家事を騙し騙しやりましたよー。
痛いといってじっとしてたらダメだと体が知ってる。
ストレッチをした方が痛みが軽減されるのもね。


朝起きて来て、変な歩きかたしてるのにKは気がつかない。
気づかれたら大変よ。。。病院行けだのとうるさく言うもん。
この薬を飲めとか、温泉に行こうとかさ・・・。


ぎっくり腰になっても病院へは行きません。
痛み止めの薬も飲みません。
温泉にも行かないわ。
だって、すぐに治るって自分で分かってるから。
少し痛みが遠のいたら出来るだけ動く。
ストレッチをする。これで完璧に治るんです。


ただし、散歩は中止です。



足の親指の爪が剥がれても旅行に行きました。
(数年前の写真です)
もちろん病院には行ってません。
自分でテープ貼って養生をする。慣れたもんです。

外人に人気NO1の伏見稲荷神社。
下は門の左側の土産物屋。
手前の店で抹茶茶碗一個買いました。


19**汚家(おうち)に住む理由

本当は、汚家に住むのに抵抗があるわー。汚家は・・・古い・汚い・怖い・臭い・・・住むには覚悟がいります。修理費はこれからも膨大にかかるでしょう。そんな何の得もない汚家になぜ住むの?


最近の瓦は軽量瓦だけど、昭和時代のはセメント瓦です。重いんですよー、2倍の重量がある。お金を貯めてまずは瓦を換えないと今度地震がきたら潰れて死ぬのが必至です。それでも住むの?



そんなにイヤなのになぜ住むのか?
結論・・・都会だからです。病院や銀行やデパートや生活する全てが家を中心にして数百メーターで事が済む。汚家で暮らすのは本望ではないよ。でもね考えが変わったのです。


風邪ひとつ引いたことがない私でも、今よりも体が弱くなるのは世の常で分かります。若いままでいられないわよー。魔女ならまだしも。(気持ちだけは若い)


車に頼らず、歩きに変える決心がついたからもあるんです。定年後の3年間は生活のレベルを落とすのに苦労しましたが、やっと下げれるようになれたわ。


自分ひとりで考えが変えられた訳ではなく、先輩からの話なども参考にしてきました。田舎から都会のマンションに住まいを替えたけど、とても充実した生活だと折に触れて話してくれます。




実母(田舎)と姑(都会)を例にしたら分かりやすかった
1・・・実母の入院となると私が車での送り迎えが必要でした。片道35分はかかります。大きい病院に転院した時は片道50分かかった。かたや姑は病院へ歩いて5分です。


入院で離れて住む息子に迷惑はかけられない


2・・・実母の頼みで家具などの買い物をするとなると一日仕事になる。かたや姑は徒歩15分でニトリに行ける(歩きませんが)。バスに15分も乗れば家具屋なんかざらにある。


買い物するのに何の支障もない


3・・・実母が気休めにと入る喫茶店・コンビニなんか田舎にはひとつもなかった。かたや姑は徒歩1分で喫茶店・コンビニへ・・・冬は小鍋を持参してアツアツのおでんを買っていた。


喫茶店、蕎麦屋・ステーキ店、(もう少し歩くと)ホテルのレストラン、うどん屋、すき屋、弁当や、ラーメン屋、焼肉店などたくさん店屋がある。出前も取れる。


食べる事に関して充実しているのは安心だ


4・・・実母は71歳で亡くなる1年前まで(自営業)仕事のしどうしでした。年中無休だから温泉なんて3年に一回行ければいい方だった。かたや姑は徒歩10分で温泉三昧です。どうりで85歳で死ぬまで気丈夫に生きてられたんだわ。


充実した生活が送れる

結果、都会の方が老婆が楽勝に生きていけると分かったのです


別府市は老人に手厚い(若者に厳しい)です。マンションを買って移住してくる高齢者がいると聞きます。住みやすいのです。


だから、汚家でも犬小屋みたいでも我慢しようとなったわけです。どんでん返しみたいな事でも起こらない限りこのままの考えでいくでしょう。